【日記】さっぱり忘れよう、『何に配慮しようとした』のかなんて【執筆活動】

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 何で自分のために書く文章で、
 『Webメディアに準じた文章の書き方』とか
 気にしなくちゃいけないんでしょうかね?!!

 そもそも私の文章は紙媒体に倣った段落頭一字下げ・改行と段落分けは別モノという『日本語の文章としての最低限の体裁』は既に整えているし、そこさえ押さえておけば後の言葉遣いなんて筆者の筆運び次第だ。
 ライトノベル・エッセイ・詩編にノンフィクション、その他いろいろ。世の中に溢れる自由闊達な文章は、そうした自由がなければ生まれない。
 それに何より書いている時の私は『書き手』だ。
 いちいち『読み手』『受け手』のステータスコントロールまで考えられるかっての。

 そう考えると、『行頭を1字下げず、短いひと塊を更に段落で区切る』Web文章の正しいあり方というのは、何のことはない。
 一昔前に流行った『薄い文章の水増し』だったんだ。
 どっかの脚本家がやってた、デカいフォントの擬音でコマを水増ししてたアレ。
 アクセスさえ稼げて広告踏んで貰えりゃ、内容自体は薄くてもどうでも良いんだろうな。

 ――とにかく、『今ちゃんと体裁が整ってるモノを、無理して変えなくてもいい』というのが学べただけでも、ちょっと悩んだ価値はあったことにしておこうか。
 それが嫌悪感を伴うものなら、尚更のこと、な。